【女子袴の歴史】簡単に解説!

袴姿の女性生活
袴姿の女性

袴(はかま)というと、卒業式を迎えた女の子たちの姿を思い浮かべる人が多いでしょう。特に最近では、和装を見かけること自体少なくなってきているので、一層目を引きますよね。

この春の風物詩ともなっている袴ですが、今見られるような女性の袴スタイルが確立したのは、明治・大正の時代。女子学生たちの間で広く取り入れられました。

しかし、実は袴の歴史はとても古く、今から2000年近くも遡ることができます。

それでは袴の歴史についてもう少し詳しく解説しましょう。

袴の歴史

十二単

袴とは?

袴とは下半身を覆うための衣服のことで、日本の伝統的な着衣のひとつです。

腰に巻くだけの股のないものは「裳(も)」と呼ばれ、股のあるものは「袴」と呼ばれます。裳を穿(は)くように発展していったことから、「はくも」となり、それがやがて「はかま」に転じていったとされています。

袴の歴史

袴の最も古い記録は、古墳時代(3世紀ー7世紀)のものです。遺跡の発掘によって、袴の原型とみられる衣服を身に着けた人型ハニワが見つかっており、袴の存在が確認できます。

平安時代には宮廷の女性たちが下着として着用し、それがやがて表着として着られるようになりました。

しかし鎌倉時代以降になると、それまで下着として着られていた小袖が、袴を省略して表着として着られるようになります。袴の出番は次第に減っていき、さらに江戸時代には宮廷女性を除いた女性たちに対して袴の着用が禁止されてしまいます。

こうして、庶民の間からは完全に袴が姿を消してしまいました。

この状況に転機が訪れたのは明治になってからです。

明治になると西洋の文明や文化が日本に押し寄せ、女性の社会進出が一気に進みます。こうした女性たちは動きやすさから、袴をはくようになっていきました。

そしてもうひとつは教育現場です。明治の初めには女子教育の場として女学校が次々と立てられていきました。しかし、ここでひとつ問題が起こります。

学校には西洋式の机と椅子が置かれ、女子生徒たちは椅子に座って授業を受けるようになったのですが、着物だと裾や帯が乱れてしまうのです。そこで考え出されたのが袴の着用だったというわけです。

その後、「女性が袴とは何事だ!」との声もあり一時期は禁止されたり、洋装へ変わっていくなどしましたが、国粋主義の流れで再び回帰し、女子学生の定番となっていったのです。

現在みられる女子袴は、華族女学校の教授に迎えられた下田歌子が、宮廷で使われていた袿袴(けいこ)をもとにして作ったといわれています。股のないロングスカートのような行灯(あんどん)袴は、トイレの便などもよく実用性に優れていたため、全国へと広がっていきました。

しかしそれも長くは続かず、大正から昭和にかけて次第に洋装にとって代わり、ほとんど姿を消してしまいました。

卒業式に袴を着るようになったのなぜ?

卒業式
現代人にとってみれば、卒業式と言ったら袴だし、袴と言ったら卒業式というぐらい卒業式に袴を着るのは当たり前のものとなっています。

ただ、実をいうとその歴史は浅く、卒業式の袴姿が定着したのは90年代以降なんです。

きっかけとなったのは、大和和紀さんの原作漫画『はいからさんが通る』です。

アニメ化もされ、1987年には南野陽子さん主演の実写映画が公開されます。映画は大ヒットを記録し、当時アイドルだった南野さんの袴姿はとても話題となりました。

その後、ある大学の卒業生が袴姿で卒業式に出席したそうです。それが翌年には数百人に膨れ上がり、瞬く間に全国へと広がっていったといわれています。

まとめ

巫女さん
最近では小学生の卒業式にも袴姿が流行っているそうで、こちらのきっかけは末次由紀さんの原作漫画『ちはやふる』と言われています。

競技かるたに青春をかける主人公の袴姿に思わず「これ着たい!」となったのだとか。

ただ、さすがに小学生にそこまでお金をかけて袴姿とはいかがなものかという意見もあって、賛否が分かれているそうです。

袴姿はもっと大きくなってから、小学生には小学生らしい格好があるのではと思ってしまいますが、もしかするとこうした考えはもう古いのかもしれませんね。

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